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東海道五十七次 新いろは歌


                     中村菜花群

【 五十七次 一覧 】



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          1. 日 本 橋

 明けのお江戸 日本橋
 夢見も去りぬ 胸沸かす
 並ぶ行列 声揃へ
 威勢良く旅 町を出る

   あけのおえと にほんはし
   ゆめみもさりぬ むねわかす
   ならふきやうれつ こゑそろへ
   ゐせいよくたひ まちをてる

【 歌意 】
 夜明けのお江戸、日本橋。
 夢見心地の眠気も去ってしまった。今、胸に熱い想いを沸かせている。
 多く家来の並ぶ大名行列が「下に〜、下に〜」の声を揃え、
 威勢良く旅立ち、町を出るところだ。



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          2. 品 川

 迫る お江戸の出入口
 品川へ来ん 我笑むを
 明け出すや空 目にも冴ゆ
 広き海 船帆四つ居ぬ

   せまるおえとの ていりくち
   しなかはへこん われゑむを
   あけたすやそら めにもさゆ
   ひろきうみふね ほよつゐぬ

【 歌意 】
 徐々に迫り来る、お江戸の出入口。
 品川宿へ来るだろう。私も笑みがこぼれるなぁ。
 夜が明け出すと空の色が、この目にも澄みきって見える。
 広い海には船の、白い帆が四つ居たよ。



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          3. 川 崎

 鯔背棹遣れ 越え行けよ
 大き六郷 渡る舟
 女ども笑み添へ 乗合す
 荷積む人馬ら 待ちて居ぬ

   いなせさをやれ こえゆけよ
   おほきろくかう わたるふね
   めともゑみそへ のりあひす
   につむしんはら まちてゐぬ

【 歌意 】
 粋で威勢の良い船頭さん、棹を操っておくれ。さあ、川を越えてゆけよ。
 大きな六郷川(=多摩川)を渡る舟は、居心地が好い。
 女たちも微笑みを添えて、同じ舟に乗り合わせる。
 向こう岸では、荷を積む人や馬たちが待っていた。



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          4. 神 奈 川

 連ぬる茶店 間に座すと
 良げ眺め得 笑む思ひ
 あそこ行く船 帆白う居
 金屏の海 晴れてをり

   つらぬるちやみせ まにさすと
   よけなかめえ ゑむおもひ
   あそこゆくふね ほしろうゐ
   きんへいのわた はれてをり

【 歌意 】
 軒を連ねる茶店の一つに、部屋を取って座ると、
 見晴らしの良さそうな眺めが得られ、しぜんに微笑む気持ちになる。
 沖の方、あそこを行く船の、帆が白く居て、
 金屏風のように輝く海は、晴れ渡っている。



          5. 保 土 ヶ 谷

 武家虚無僧ら 橋渡り得
 いざ保土ヶ谷 あれに行く
 笑める女の 路地で居ぬ
 お店へ呼びつ 招きもす

   ふけこむそうら はしわたりえ
   いさほとかや あれにゆく
   ゑめるをんなの ろちてゐぬ
   おみせへよひつ まねきもす

【 歌意 】
 武家の侍を乗せた駕籠や深編笠の虚無僧たちも、ちょうど今、橋を渡ることができ、
 さあ保土ヶ谷の宿へと、あそこを行くところだ。
 笑顔を見せる女が、路地で待っていた。
 蕎麦の店へ客を呼んだのだ。そうして手招きもする。



          6. 戸 塚

 空も紅差す 旅せるを
 岐路馬下りぬ 猶弱音
 見えむ字「こめや」 夕暮れで
 遠景は藍 戸塚の地

   そらもへにさす たひせるを
   きろうまおりぬ なほよわね
   みえむしこめや ゆふくれて
   ゑんけいはあゐ とつかのち

【 歌意 】
 空も赤みを帯びる、日暮れ時を旅しているが、
 分かれ道へやって来て、馬を下りた。疲れたせいで、やはり弱音も出る。
 そこに見えるだろう看板の文字に「こめや」とある。夕暮れで、
 遠景は藍色に見える、戸塚の地だ。



          7. 藤 沢

 遊行寺見え 吾胸撫で
 風渡らん 藤沢を
 大鳥居へ来 杖凭る者
 忠実に揃ひぬ これ詣す

   ゆきやうしみえ あむねなて
   かせわたらん ふちさはを
   おほとりゐへく つゑよるもの
   まめにそろひぬ これけいす

【 歌意 】
 遊行寺が見え、私は安堵の胸を撫で、
 そよ風が渡ってゆくだろう、藤沢の宿を。
 江ノ島弁天の第一大鳥居へ来ると、杖に頼って歩く人たちが、
 苦労もいとわず出揃っていた。皆、ここから弁天に詣でるのだ。



          8. 平 塚

 畦道居る我に 男声呉れ
 走破す 便り持て行きぬ
 平塚 お山並む経路
 遠の嶺富士へ 目冴えん

   あせみちゐるわに をこゑくれ
   そうはすたより もてゆきぬ
   ひらつかおやま なむけいろ
   とほのねふしへ めさえん

【 歌意 】
 あぜ道に居る私に、男は「やぁ」と声をかけてくれ、
 目的地まで走り通す。彼は飛脚で、便りを持って行くのだ。
 平塚宿は、箱根の山々が並ぶ、通り慣れた道筋。
 遠く富士の嶺が覗き見え、見つめる目はますます冴えるだろう。



          9. 大 磯

 大磯の地や 迫る海
 鴫立つ沢を 虎ヶ雨
 夕夜声無く 全て艶
 諸に胸濡れ 侘び居けり

   おほいそのちや せまるうみ
   しきたつさはを とらかあめ
   ゆふよこゑなく すへてえん
   もろにむねぬれ わびゐけり

【 歌意 】
 大磯の地だなぁ。こちらへ迫って来るように海が見える。
 西行法師の和歌に由来する鴫立沢を、曽我物語の虎御前の涙を思わせる雨脚が過ぎてゆく。
 夕暮れから夜になると、声も無いほど全て優美で風情がある。
 すっかり胸まで雨に濡れ、閑寂な境地に浸っているよ。



          10. 小 田 原

 行けや小田原 御城見え
 猶目指す地へ その威勢
 胸濡れ合ひて 人夫も来
 河流過る間 わつと声

   ゆけやをたはら おしろみえ
   なほめさすちへ そのゐせい
   むねぬれあひて にんふもく
   かりうよきるま わつとこゑ

【 歌意 】
 行こうよ、小田原宿へ。あちらに御城が見え、
 目指す地へ向けて、より一層その意気が盛んに湧き起こる。
 お互いに胸まで濡れて、川越え人夫もやって来る。
 酒匂川(さかわがわ)を横切る間、わっと掛け声を上げている。



          11. 箱 根

 山聳え立ち 箱根居む
 湖も蒼に 色澄めり
 関さへ置ける 難所ゆゑ
 辛く侘ぶとて 登れぬか

   やまそひえたち はこねゐむ
   うみもあをに いろすめり
   せきさへおける なんしよゆゑ
   つらくわぶとて のぼれぬか

【 歌意 】
 険しい山々が聳え立ち、いま箱根に居るだろう。
 芦ノ湖も深い青に、その色は澄み渡っている。
 関所さえ設けている難所なので、
 通過するのも辛く心細いと思って、登れないかと弱気になる。



          12. 三 島

 我箱根の地 過ぐるにて
 三島を訪ぬ 冷えぞせん
 並む家 鳥居 朝おぼろ
 霧らふ影絵よ 夢模様

   われはこねのち すくるにて
   みしまをたぬ ひえそせん
   なむいへとりゐ あさおほろ
   きらふかけゑよ ゆめもやう

【 歌意 】
 私は箱根の地を過ぎるという険しさを経て、
 三島を訪れる。明け方の空気が冷えるだろう。
 並ぶ家や三島神社の鳥居が、おぼろげに見える。
 朝霧が一面に立ち込めた影絵だなぁ。夢のような風景模様だ。



          13. 沼 津

 藍のお空へ 梢並む
 沼津 黄瀬川 十三夜
 霊地を巡る 旅人見え
 我もほろ酔うて 寝に行けり

   あゐのおそらへ こすゑなむ
   ぬまつきせかは しふさんや
   れいちをめくる たはとみえ
   わもほろようて ねにゆけり

【 歌意 】
 陽が落ちて藍色のお空へ、並木の梢が並んでいる。
 ここは沼津宿、黄瀬川沿いに十三夜の月が昇る。
 表通りには金比羅詣りの霊地を巡る旅人が見え、
 私もゆったりと酒に酔って、そろそろ寝所へ休みにゆくとする。



          14. 原

 天も突き抜く 富士峰見せ
 大いに聳え 待ち居ける
 我歩むやな 原の郷
 高う目を据ゑ 喜べり

   てんもつきぬく ふしねみせ
   おほいにそひえ まちゐける
   われあゆむやな はらのさと
   たかうめをすゑ よろこへり

【 歌意 】
 天も突き抜けるほどだ。富士がその峰を見せて、
 大いに聳え立ち、我々を待っているかのようだ。
 私は歩んで行くのだなぁ、原の郷を。
 視線を高く、白い峰をじっと見つめ、旅を喜んでいるよ。



          15. 吉 原

 梢枝揺れゐ 清けくも
 田地を縫へる 松並木
 左遠の嶺 赤色帯ぶ
 妙に和せむ 吉原ぞ

   こすゑえゆれゐ さやけくも
   てんちをぬへる まつなみき
   ひたりとほのね あかいろおふ
   めうにわせむ よしはらそ

【 歌意 】
 梢の枝が揺れていて、清々しくも風が抜け、
 田畑となった地を縫っている、松の並木道だ。
 左手には遠い富士の嶺が見え、朝日に赤色を帯びている。
 なんともいえぬほど美しく調和しているだろう、吉原宿よ。



          16. 蒲 原

 白で覆へり 山厚み
 弱げ枝垂れゐ 然も眠る
 人ぞ目を伏せ 声無くす
 雪の蒲原 家に去ぬ

   しろておほへり やまあつみ
   よわけえたれゐ さもねむる
   ひとそめをふせ こゑなくす
   ゆきのかんはら うちにいぬ

【 歌意 】
 大雪が一面に白で覆っている。山は厚みを増し、
 木々は弱そうに枝を垂れていて、いかにも眠る様を見せる。
 人は寒さに目を伏せ、声を無くして通り過ぎる。
 雪の蒲原宿。道行く人も家に帰るのだ。



          17. 由 井

 見下ろさむ青 駿河湾
 磯根松生え 白帆へ陽
 急峠など 苦にやせぬ
 愛で声漏れり 由井の地よ

   みおろさむあを するかわん
   いそねまつはえ しらほへひ
   きふたうけなと くにやせぬ
   めてこゑもれり ゆゐのちよ

【 歌意 】
 崖の上から見下ろすだろう、広がる青は駿河湾だ。
 ごつごつとした磯に、根もあらわに松が生え、沖の白帆へ陽光が当たっている。
 難所と言われるこの急な峠なども、今は苦しいとは思わない。
 絶景を賞賛し、思わず感動の声が漏れている。はるばるやって来た由井の地だなぁ。



          18. 奥 津

 駄馬や駕籠にぞ 相撲取
 浅瀬行くを 我も笑める
 広い浦見え 帆群れ居ぬ
 自然並べて良げ 奥津の地

   たはやかこにぞ すまふとり
   あさせゆくを わもゑめる
   ひろいうらみえ ほむれゐぬ
   しねんなへてよけ おきつのち

【 歌意 】
 荷を運ぶ馬や駕籠に、体の大きな相撲取りが乗っていて、
 興津川の浅瀬を渡って行くのを、私も微笑ましく眺める。
 遠くには広い田子の浦が見え、船の白帆が群れていた。
 豊かな自然が総じて良さそうな、風光明媚な奥津の地だ。



          19. 江 尻

 江尻を行きぬ 清けくも
 海藍色へ 散れる船
 三保遠望す そこらに陽
 並む松愛でよ 風の音

   えしりをゆきぬ さやけくも
   わたあゐいろへ ちれるふね
   みほゑんはうす そこらにひ
   なむまつめでよ かせのおと

【 歌意 】
 江尻の地を通って行った。明るく清々しくも、
 広がる海の藍色へ、散らばっている船の白帆。
 その三保の松原を遠く望み見る。そこら中に麗らかな陽光が射す、
 並ぶ松の美しさを賞賛しようよ、優しい風の音を聞きながら。



          20. 府 中

 広い安部川 舟無うて
 渡す人足よ 濡れつ越ゆ
 岸遠さや 重げ見え
 ちらり笑む女を 乗せ参る

   ひろいあへかは ふねなうて
   わたすにんそくよ ぬれつこゆ
   きしとほさや おもけみえ
   ちらりゑむめを のせまゐる

【 歌意 】
 府中郊外の広い安部川には、渡し舟も無くて、
 川を渡す人足たちよ、全身濡れてしまったね。そうして川越えをする。
 岸の遠いことだなぁ。蓮台を担ぐのは重そうに見え、
 それを気遣うようにちらりと笑む女を、乗せて差し上げる。



          21. 丸 子

 常の茶店に 丸子ゆゑ
 芋汁盪け お椀をぞ
 猶安倍川餅 売られゐて
 咲き出す梅枝 福呼びぬ

   つねのちやみせに まりこゆゑ
   いもしるとろけ おわんをそ
   なほあへかは うられゐて
   さきたすむめえ ふくよひぬ

【 歌意 】
 一見ごく普通の茶店に、ここは丸子なので、
 あの名物のとろろ汁がとろけ、そのお椀を手に取る。
 そのうえ美味しそうな安倍川餅も売られていて、
 店先に春を告げて咲き出す梅の枝が、穏やかに福を呼んでいた。



          22. 岡 部

 蔦の細道 難所ゆゑ
 昼も暗め 岡部で吾
 所狭げ 枝群れ根生ふ
 水流速さ 脇に居ぬ

   つたのほそみち なんしよゆゑ
   ひるもくらめ をかへてあ
   ところせまけ えむれねおふ
   すいりうはやさ わきにゐぬ

【 歌意 】
 大井川とともに、街道中でも「蔦の細道」と呼ばれる難所なので、
 昼でも鬱蒼として山中は暗めだ。岡部の道筋で私は一息つく。
 所狭そうに木々の枝が群れ、根が生えている。
 谷川の水流の速さ。その流れの脇に座っていた。



          23. 藤 枝

 藤枝宿へ 馬引きぬ
 餌遣られて 物食める
 猶胸沸かん 男在り
 威勢良げぞ 荷積み下ろす

   ふちえたしゆくへ うまひきぬ
   ゑさやられて ものはめる
   なほむねわかん をとこあり
   ゐせいよけそに つみおろす

【 歌意 】
 藤枝宿へ、馬を引いて行った。
 馬は餌を遣られて、飼い葉か何やら物を食べている。
 なおも胸に血気が湧くような、疲れ知らずの男がそこに居る。
 彼はやはり威勢が良さそうだ。手際よく荷を積み下ろしている。



          24. 島 田

 大井川ゆゑ 浅瀬無し
 行けぬ所へ 目を遣れり
 胸脇までの 水ぞ浸ち
 苦労も絶えず 人夫寄る

   おほゐかはゆゑ あさせなし
   いけぬところへ めをやれり
   むねわきまての みつそひち
   くらうもたえす にんふよる

【 歌意 】
「越すに越されぬ」と言われる大井川なので、浅瀬は無い。
 川止めがあると向う岸の、行きたくても行けない所へ視線をやっている。
 流れは胸や脇までの水かさで、身は浸ってしまい、
 川越えの苦労も絶えずに、人夫たちは寄り集まる。



          25. 金 谷

 雨降らず良げ 胸も晴れ
 台へ乗る人 大井越え
 そろり行く様 和を見せて
 遠州金谷 地に着きぬ

   あめふらすよけ むねもはれ
   たいへのるひと おほゐこえ
   そろりゆくさま わをみせて
   ゑんしうかなや ちにつきぬ

【 歌意 】
 雨も降らず川越えには良さそうで、胸も晴れて、
 蓮台へ乗る人が、大井川を越えてゆく。
 そろりそろりと進んで行く様は、風景に調和した穏やかさを見せて、
 向う岸、遠州金谷の地に着いたところだ。



          26. 日 坂

 日坂旅す 麓で我
 夜泣き石見え 其方へ急く
 無念込められ 故有りげ
 お山登るを 路傍居ぬ

   につさかたひす ふもとてわ
   よなきいしみえ そちへせく
   むねんこめられ ゆゑありけ
   おやまのほるを ろはうゐぬ

【 歌意 】
 日坂の地を旅する。小夜の中山の麓で私は一息つく。
 伝説の夜泣き石が見え、一目拝もうとそちらへ急ぐ。
 殺された妊婦の無念が込められ、石はいかにも事情がありそうに立っている。
 これからお山へ登るのだが、私は何かに引き留められるかのように道端に座っていた。



          27. 掛 川

 秋葉山見え 愛づる地に
 田圃植ゑゐ 菅笠よ
 主を失くせり 飛ぶ凧の
 広いお空へ 我胸燃ゆ

   あきはやまみえ めつるちに
   てんほうゑゐ すけかさよ
   ぬしをなくせり とふたこの
   ひろいおそらへ われむねもゆ

【 歌意 】
 遠くに秋葉山が見え、その眺めを賞賛する地には、
 田んぼが広がり、ちょうど田植えをしていて、菅笠が見えるよ。
 糸が切れて揚げ手を失っているのだ、その飛ぶ凧の遥か先、
 悠然とした広いお空へ目を向け、私は旅情を覚えて胸が熱く燃える。 



          28. 袋 井

 袋井へ来ぬ お湯沸いて
 木蔭茶店 葦簀張り
 安堵も得られ 飲む美味さ
 常に笑めるを 猶旅ぞ

   ふくろゐへきぬ おゆわいて
   こかけちやみせ よしすはり
   あんともえられ のむうまさ
   つねにゑめるを なほたひそ

【 歌意 】
 袋井の地へやって来た。街道脇の出店にはお湯が沸いて、
 木蔭の茶屋は、葦簀張りの簡素なものだ。
 一息つくと安心感も得られ、飲むお茶の美味さに、
 いつも微笑んでいるのだが、なおも旅は続いてゆくのだ。



          29. 見 附

 京お江戸の 半ば居る
 ほんに頃良い 見附へ来
 瀬渡す舟ぞ 棹ら持ち
 笑む目し待てり 揺れ合ひぬ

   きやうおえとの なかはゐる
   ほんにころよい みつけへく
   せわたすふねそ さをらもち
   ゑむめしまてり ゆれあひぬ

【 歌意 】
 京都とお江戸の、ちょうど中間にいる。
 そして、ほんとに頃合いも良く、私は見附へ来る。
 天龍川の瀬を渡す舟は、船頭が棹など持ち、
 笑む目をして客を待っている。何艘かが渡し場で揺れ合っていた。



          30. 浜 松

 冬枯れせる 草原に
 冷え堪へ吾居り 城望む
 落ち葉焚き 猶温めゐて
 好い笑み和すや 松根元

   ふゆかれせる さうけんに
   ひえこらへあをり しろのそむ
   おちはたきなほ ぬくめゐて
   よいゑみわすや まつねもと

【 歌意 】
 冬枯れしている、乾いた草原に、
 冷え込む寒さをこらえながら私は居る。遠くに浜松城を望む。
 何人か集まって落ち葉を焚き、さらに体を温めていて、
 好い笑みを交わしつつ親しみ合うよ、一本松の根元で。



          31. 舞 坂

 海と湖水の 接しをり
 帆船揺れゐる 舞坂に
 滑らん身良く 鰻も得
 揃へて焼けば お味笑む

   わたとこすいの せつしをり
   ほふねゆれゐる まひさかに
   ぬめらんみよく うなきもえ
   そろへてやけは おあちゑむ

【 歌意 】
 海水と湖水が接している、浜名湖の今切(いまぎり)。
 帆船が揺れているよ、広々とした舞坂に。
 滑るような身が良く、生き生きとした鰻を得て、
 串に刺したのを揃えて焼くと、そのお味に笑みがこぼれる。



          32. 荒 井

 行方想ひぬ 海を越え
 一路目指すよ 荒井まで
 渡船ぞ 毛槍 吹流し
 昇る旗 我常に笑む

   ゆくへおもひぬ うみをこえ
   いちろめさすよ あらゐまて
   とせんそけやり ふきなかし
   のほるはたわれ つねにゑむ

【 歌意 】
 これから向かう方を想い浮かべた。浜名湖に接した海を越え、
 まっすぐに先を目指すよ、新井の宿まで。
 前に見えるの渡し船は、毛槍や吹き流しを立て、
 空に昇る旗は悠然として、私は常に笑みがこぼれる。



          33. 白 須 賀

 振り向きて其処 歩み止め
 凭れる松根へ 背の荷置く
 猶も遠望 海広さ
 景致を得居ぬ 白須賀や

   ふりむきてそこ あゆみとめ
   よれるまつねへ せのにおく
   なほもゑんはう わたひろさ
   けいちをえゐぬ しらすかや

【 歌意 】
 何気なく振り向いて、そこで歩みを止め、
 もたれて休んでいる松の根元へ、背中の荷物を置く。
 なおも遠くを見渡し、海の広さを感じながら、
 自然の風景の趣を得て座っていた。ここ白須賀の地よ。



          34. 二 川

 枝を細げの 小松生ふ
 二川 広い山野居し
 歩む苦忘れ 笑めよとて
 労へる店 餅売りぬ

   えたをほそけの こまつおふ
   になかはひろい さんやゐし
   あゆむくわすれ ゑめよとて
   ねきらへるみせ もちうりぬ

【 歌意 】
 枝がすらりと細い、そんな小さい松が生える。
 二川宿の、広い山野の風景の中に私は居た。
 長旅を歩む苦しさをしばらく忘れ、微笑んで下さいと言って、
 客を慰労している店があり、名物柏餅を売っていた。



          35. 吉 田

 吉田 本丸 櫓上
 男乗り小手挙げ 何思ふ
 川広さ見ゆ 些と目据ゑ
 それ威勢得つ 胸沸きぬ

   よしたほんまる やくらうへ
   をのりこてあけ なにおもふ
   かはひろさみゆ ちとめすゑ
   それゐせいえつ むねわきぬ

【 歌意 】
 吉田城の本丸は改修中、足場の高い櫓の上で、
 職人の男が柱に乗って小手をかざし、何を思っているのだろう。
 その向こうには豊川の広さが見える。しばらくじっと見つめ、
 ほら、威勢を得たぞ。胸には熱い思いが沸いていた。



          36. 御 油

 大袈裟笑むや 留女
 御油でぞ増え来 狼狽へし
 引つ張る威勢 弱まらぬ
 身くねり彼方に 逃れもす

   おほけさゑむや とめをんな
   こゆてそふえき うろたへし
   ひつはるゐせい よわまらぬ
   みくねりあちに のかれもす

【 歌意 】
 おおげさに微笑みを作っているよ、旅人を引き留める宿屋の客引き女が。
 御油宿の大通りにその留女が増えて来て、どうしたらよいか困ってしまった。
 旅人の袖を引っ張る勢いの物凄さは、少しも弱まらない。
 私は留女を避けようと身をねじって、あちらの方へ逃げもする。



          37. 赤 坂

 旅籠風景 蘇鉄見え
 飯持ちお世話 女笑顔
 按摩さへ居ぬ のろりと来
 気緩び寝られ 澄む夜にや

   はたこふうけい そてつみえ
   めしもちおせわ をなゑかほ
   あんまさへゐぬ のろりとく
   きゆるひねられ すむよにや

【 歌意 】
 旅籠内の風景だ。中庭に大きな蘇鉄の木が見え、
 食膳を持ち運んでお世話をする、女中は笑顔を絶やさない。
 按摩屋さえ居た。のんびりと座敷へやって来る。
 気持ちも緩んでゆったりと寝られ、清々しく澄んだ夜だろうか。



          38. 藤 川

 献上馬 通る故
 我も恐れ入り 駅路座す
 常ならぬ威を 敢へて目に
 見せ来 此度の藤川よ

   けんしやうむま とほるゆゑ
   わもおそれいり えきろさす
   つねならぬゐを あへてめに
   みせくこたひの ふちかはよ

【 歌意 】
 朝廷への献上馬を連れた、物々しい行列が通るので、
 私も恐れ入り、宿駅のある街道に土下座をする。
 この一行はいつもとは違う仰々しい威厳を、あえて人々の目に触れるよう、
 わざわざ見せにやって来る。今回巡り合わせた藤川宿よ。



          39. 岡 崎

 嶺に並む梢 遠目見え
 円う反る橋 岡崎へ
 渡りて行くや 武家の列
 致誠有らん世 思ひ居ぬ

   ねになむこすゑ とほめみえ
   まろうそるはし をかさきへ
   わたりてゆくや ふけのれつ
   ちせいあらんよ おもひゐぬ

【 歌意 】
 小山の稜線に並ぶ木々の梢が、遠目に見え、
 緩やかに円く反る橋が矢矧(やはぎ)川に架かり、岡崎宿へ、
 渡って行くよ、物々しい武家の行列が。
 誠の心が行き届いた泰平の世を、ふと思っていた。



          40. 池 鯉 鮒

 青き野辺映ゆ 風そよぐ
 馬群れ多し 声もする
 色艶見分け 選びゐぬ
 値など定めん 池鯉鮒にて

   あをきのへはゆ かせそよく
   うまむれおほし こゑもする
   いろつやみわけ えらひゐぬ
   ねなとさためん ちりふにて

【 歌意 】
 青々とした野原が日差しに照り映える。そして風がそよぐ。
 馬の群れが多い。いななく声もする。
 そんな馬たちの毛並みの色つやを見分け、馬市に出すべく選んでいた。
 馬の売値を定めるのだろう。池鯉鮒宿にて、夏の景。



          41. 鳴 海

 着物屋連ぬ 旅人呼ぶ
 鳴海へ来むを 笑んで和す
 絞り染下げ 風に揺れ
 藍お色映え うち招く

   きものやつらぬ たひとよふ
   なるみへこむを ゑんてわす
   しほりそめさげ かせにゆれ
   あゐおいろはえ うちまねく

【 歌意 】
 名物有松絞りを売る着物屋が軒を連ねている。そして旅人を呼ぶ。
 鳴海宿へやって来るだろう客に、店の者が微笑んで親しく接する。
 絞り染めを垂らして下げ、その布が風に揺れ、
 上品な藍のお色が美しく引き立ち、私たちを招いている。



          42. 宮

 宮宿 熱田 鳥居筋
 馬追ひ祭 愛でもせん
 男の武寄れるに 豪う跳ね
 掛け声揃へ 猶沸きぬ

   みやしゆくあつた とりゐすち
   むまおひさい めてもせん
   をのふよれるに えらうはね
   かけこゑそろへ なほわきぬ

【 歌意 】
 宮宿。熱田神社の鳥居がある道筋。
 ちょうど馬追い祭の時季で、見る者はその素晴らしさに感動もするだろう。
 男の武勇が寄り集まっているので、皆たいそう跳ね回り、
 掛け声を揃えて、ますます熱狂し騒ぎ立てていた。



          43. 桑 名

 水逆巻いて 城に寄せ
 帆船揺れ居ぬ そこ桑名
 海蛤得らる 海の辺を
 味想ひ笑めり 焼けんとす

   みつさかまいて しろによせ
   ほふねゆれゐぬ そこくはな
   うむきえらる わたのへを
   あちおもひゑめり やけんとす

【 歌意 】
 潮水が逆巻いて、三方を海に囲まれた城に寄せて来て、
 沖には帆船が揺れていた。そこは桑名宿だ。
 当地では蛤(古名「うむき」)を得られる。私は海辺を行きつつ、
 焼き蛤の美味を想い微笑んだ。出店では今まさにその名物が焼けようとする。



          44. 四 日 市

 柳大揺れ 蓑笠飛び
 転げゐん目に 笑むを得ず
 もう身くねらせ 沼の辺で
 吾ぞ橋渡る 四日市

   やなきおほゆれ さりふとひ
   ころけゐんめに ゑむをえす
   もうみくねらせ ぬまのへて
   あそはしわたる よつかいち

【 歌意 】
 柳の木は強風で大揺れとなり、道行く人の蓑や笠も飛び、
 体も転げてしまうような目に遭い、笑むことも出来ない。
 もうごめんだとばかり身をくねらせ、三滝川の川口の沼の辺りで、
 私は橋を渡るのだ。ここ、四日市宿。



          45. 石 薬 師

 森梢揺れ 背ぞ寒気
 峰見え 遠目に藍帯びん
 田中を一路 我は馬乗る
 薬師寺へ 能う着きぬ

   もりこすゑゆれ せそさふけ
   ねみえとほめに あゐおひん
   たなかをいちろ わはむまのる
   やくしてらへ ようつきぬ

【 歌意 】
 森の梢は風に揺れ、背筋は寒気を覚え、
 向うの山の峰が見え、遠目に藍色を帯びているだろう。
 寒々とした冬田の中を一筋の道が伸び、私は馬に乗る。
 目指す石薬師寺へ、やっとの思いで今着いたところだ。



          46. 庄 野

 見えむ斜線 多めなり
 庄野へ参る 夕立よ
 人ら熱沸き 声ぞ上げ
 諸に濡れて 坂を行く

   みえむはすせん おほめなり
   しやうのへまゐる ゆふたちよ
   ひとらねつわき こゑそあけ
   もろにぬれて さかをいく

【 歌意 】
 見えるだろう雨脚の斜めの線が、思ったより多めだ。
 庄野へ突然やって来る、強い夕立だ。
 慌てて走る人らは体に熱気が沸き、声を上げ、
 完全に濡れてしまい、勢いよく坂を登って行く。



          47. 亀 山

 雪で白く 木立並ぶ
 ほんのり紅よ 朝お空
 冷えを忘れ得 胸も晴る
 亀山雪景 絵と見居ぬ

   ゆきてしろく こたちなふ
   ほんのりへによ あさおそら
   ひえをわすれう むねもはる
   かめやませつけい ゑとみゐぬ

【 歌意 】
 雪で一面に白く視界が広がり、急坂に木立が並ぶ。
 ほんのりと紅色に染まっているよ、朝のお空が。
 冷え冷えとした寒さを忘れられる。この胸も晴れ渡る。
 亀山の清爽な雪景色を、一枚の絵として眺めながらその場に居た。



          48. 関

 眠らぬ夜を経 大旅籠
 紋染めし幕 下がるなり
 明け故に露地 人増えゐ
 薄闇の関 我出でつ

   ねむらぬよをへ おほはたこ
   もんそめしまく さかるなり
   あけゆゑにろち ひとふえゐ
   うすやみのせき われいてつ

【 歌意 】
 眠らない夜を過ごし、大きな旅籠には、
 立派な紋所を染めた幔幕が下がっている。
 夜明けなので門内の通路には、人が増えて来て、
 薄闇の関宿を、私は旅立って行った。



          49. 阪 之 下

 御山絶景 見惚れ居ぬ
 絵も成り得ずに 筆折らん
 胸ぞ沸きゆく 喜びと
 妙味はへる 阪之下

   おやませつけい みほれゐぬ
   ゑもなりえすに ふてをらん
   むねそわきゆく よろこひと
   めうあちはへる さかのした

【 歌意 】
 これが名高い筆捨(ふですて)山の絶景かと、すっかり見惚れていた。
 狩野古法眼(こほうがん)元信という画人が絵を成し得ずに、筆を折ったほどの景勝だ。
 そんな風景に触れて胸に熱い思いが沸いてゆく。旅の出逢いの喜びと、
 言いようもない素晴らしさを味わっている、ここ坂之下宿だ。



          50. 土 山

 歩む土山 眠気添へ
 白に見えゐて 春雨よ
 声も無く濡れ 清流を
 渡らん人の 数多き

   あゆむつちやま ねふけそへ
   しろにみえゐて はるさめよ
   こゑもなくぬれ せいりうを
   わたらんひとの かずおほき

【 歌意 】
 歩んでゆく土山宿。静かな風情が眠気を添え、
 辺りがぼうっと白に見えていて、しっとりと春雨が降るよ。
 ただ声も無く身が濡れて、田村川の清流に架かった小橋を、
 渡ってゆくだろう人の、なんと数多いことか。



          51. 水 口

 名物得たき 我は行けり
 干せる干瓢 紐の如
 姉様ら居ぬ 其を推す
 笑むにてよろし 水口や

   めいふつえたき わはゆけり
   ほせるかんへう ひものこと
   あねさまらゐぬ それをおす
   ゑむにてよろし みなくちや

【 歌意 】
 この地の名物を得たい私は、せっせと歩いて行った。
 干してある干瓢が、紐のように揺れている。
 干瓢作りに精を出す若い女たちがいた。その名物を勧めてくる。
 愛想良く笑んで好ましい雰囲気だ。ここが水口宿だなぁ。



          52. 石 部

 比良の峰に猶 目も遣り居
 お店着きぬる故 酒ぞ
 石部 田楽豆腐また
 我喜ばす 味を得む

   ひらのねになほ めもやりゐ
   おみせつきぬる ゆゑさけそ
   いしへてんかく とうふまた
   われよろこはす あちをえむ

【 歌意 】
 比良の峰にやはり、目も向けて座り、
 ちょうど手近なお店に着いたので、まずは酒だ。
 ここ石部宿は、名物の田楽豆腐がまた、
 私を喜ばせる。その素晴らしい味を得ようではないか。



          53. 草 津

 草津ぞ 女ら給仕忠実
 実に多い人 店屋居ぬ
 値忘れ緩り 喜んで
 あの姥餅 食べ得笑む

   くさつそをなら きふしまめ
   けにおほいひと みせやゐぬ
   ねわすれゆるり よろこんて
   あのうはかもち たへえゑむ

【 歌意 】
 ここが草津宿だ。茶屋の女らが給仕に精を出して働き、
 実に多くの人が賑やかに、店屋へ出入りしていた。
 細かい値段のことなど忘れてゆったりと座り、喜んで、
 あの名物の姥が餅を、私も食べることが出来て微笑む。



          54. 大 津

 大津へ我来ぬ 名井ゆゑ
 澄みて溢れ得 餅屋外
 俵載せ牛 荷車を
 ごろり引かさむ 余念無げ

   おほつへわきぬ めいゐゆゑ
   すみてあふれえ もちやそと
   たはらのせうし にくるまを
   ころりひかさむ よねんなけ

【 歌意 】
 大津宿へ私はやって来た。清水の涌き出す名高い井戸だというので、
 澄んで溢れる名水を得られ、走井餅の茶屋の外で一息つく。
 米俵や炭俵を山ほど載せて、牛に何台もの荷車を、
 ごろりごろりと引かせるだろう。人も牛も荷運びに余念がない様子だ。



          55. 京 師

 鴨へ渡せる 大橋を
 更に好くぞと 笑み得なん
 胸溢れけり 喜びの
 京夢町 着いて居ぬ

   かもへわたせる おほはしを
   さらにすくそと ゑみえなん
   むねあふれけり よろこひの
   きやうゆめまち ついてゐぬ

【 歌意 】
 鴨川へ渡している、立派な三条大橋を、
 さらに好きになるぞと言って、きっと微笑みを得ているだろう。
 胸に様々な想いがあふれているなぁ。喜びの気持ちでいっぱいの、
 京の都、夢の町。そこに今到着したところだ。



          56. 伏 見

 御稲荷 由縁ある山辺
 狐声良げ 目を細む
 伏見 酒蔵 土手の傍
 我路地に居ぬ 微笑もす

   おいなりゆえん あるやまへ
   きつねこゑよけ めをほそむ
   ふしみさかくら とてのはた
   われろちにゐぬ ひせうもす

【 歌意 】
 御稲荷様にゆかりのある山辺では、
 狐の声も良さそうに澄み、聞く人は和やかに目を細める。
 伏見の酒蔵が並ぶ、土手の傍で、
 私は狭い通路に居た。思わず微笑みもする。



          57. 淀

 川三つ合ひぬ 水運得
 猶荷を載せて 船来たり
 そこ面白げ 夢咲く地
 淀へや参る 我ら笑む

   かはみつあひぬ すいうんえ
   なほにをのせて ふねきたり
   そこおもしろけ ゆめさくち
   よとへやまゐる われらゑむ

【 歌意 】
 木津川・宇治川・桂川と、川が三つ合流した。その水運を得て、
 さらに荷物を載せて、多くの船が来ている。
 そこは趣がありそうな、夢の咲く土地だ。
 淀へとやって来たなぁ。私たちは思わず微笑む。



          58. 枚 方

 枚方夕焼 水映えて
 船の参るを 声沸きぬ
 煮売りせん味 食へと推す
 礼無さよろし 目も細む

   ひらかたゆやけ みつはえて
   ふねのまゐるを こゑわきぬ
   にうりせんあち くへとおす
   れいなさよろし めもほそむ

【 歌意 】
 枚方宿は夕焼けで、淀川の水面は真っ赤に映えて、
 船の着く頃だというので、賑やかな声が沸き上がっていた。
 汁物を煮炊きして売ろうとする、くらわんか舟の風情。銭は無いのか、食えと勧めて来る、
 その無礼さも味わいの一つで、悪くない。微笑ましさに目も細くする。



          59. 守 口

 大根抜けば 泥塗れ
 根豪う細し 長さ愛づ
 我汗を拭き居 お昼ゆゑ
 野辺にて休む 守口よ

   たいこんぬけは とまみれ
   ねえらうほそし なかさめつ
   わあせをふきゐ おひるゆゑ
   のへにてやすむ もりくちよ

【 歌意 】
 大根を引き抜くので、畑仕事で自らも泥まみれになる。
 この守口大根は根がたいそう細い。その根の長さを名物として愛し、賞賛する。
 私は汗を拭きつつ腰掛け、お昼なので、
 野原で一休みする。ここ、守口よ。



          60. 大 坂

 難波商人 店連ね
 福をや呼べる 物売りし
 これぞ大坂 夢広げ
 絶えず笑む町 沸いて居ぬ

   なにはあきんと みせつらね
   ふくをやよへる ものうりし
   これそおほさか ゆめひろけ
   たえずゑむまち わいてゐぬ

【 歌意 】
 多くの難波商人が店を連ねて、
 福を呼び込んでいるかのような、縁起の良い品物を売っていた。
 これこそが大坂というものだ。人は繁盛への夢を広げ、
 笑顔の絶えない町は、たいへんな賑わいを見せていた。




あ と が き

 この『東海道五十七次 新いろは歌』は平成十三年(2001年)に詠んだ六十首を、令和になってから【 歌意 】を添え、当ホームページ用にまとめたものです。
 平成十三年四月五日より、江戸日本橋から一日平均約二首のペースで五十三の宿場を順に詠み進め、京師三条大橋へ至ったのが四月二十九日。一ヶ月足らずで机上の五十三次≠フ旅を、ひとまず終えました。
 その後、東海道は五十七次≠セったという説〈注1〉に基づき、三条大橋手前の大津宿から分岐して「大坂(=大阪)」へと向かう京街道〔大津 →「伏見」→「淀」→「枚方」→「守口」→ 大坂〕の四つの宿場と終点を加えました。ところがこの京街道については順番通りには行かず、歌を作るのに少々手間取りました。三条大橋到着から十日後の五月九日にまず「淀」そして「伏見」を、五月二十六日なって先に終点「大坂」を、六月九日に「守口」そして「枚方」を、五十三次以上に日数を費やし、ようやく詠み上げた次第です。
 なお、京へ至る五十三次の歌は、歌川広重の浮世絵〈注2〉に描かれた情景をほぼそのまま詠んでいます。本来なら私自身が東海道を旅し、実際の風景を旅日記的に作品化したかったのですが、ほとんど旅行の経験も実行力も無い身としては致し方ありません。もし水戸黄門のように諸国漫遊できたらなぁと、今は遠い夢のように憧れています。サイクリングの旅なんか、最高ですけどね! 吟遊詩人≠ゥぁ、好い響きだなぁ……(笑)。
 なにぶん二昔も前の作品なので今になって読み返すと手直ししたい部分も多々ありますが、創作当時の試行錯誤を懐かしみ、あえて最小限の修正に留めました(明らかな誤記・誤用を改め、漢字表記を変えたり、助詞を入れ替えたりした程度です)。
 拙い言葉遊び歌ながら、たとえわずかでも江戸情緒≠感じていただければ幸いです。

 

      令和三年二月 胸の奥までまぶしい日差しを感じつつ

                          中村菜花群



 〈注1〉守口門真歴史街道推進協議会のマップに、
    「元和元年(1615)の大坂夏の陣で豊臣氏が滅ぶと、伊勢亀山
     城主松平忠明を大坂城によびよせ、荒廃した大坂の復興と、
     西国(大名)支配の重要拠点と考え、元和2年(1616)に京
     街道の伏見・淀・枚方・守口を宿駅として、東海道に加え
     ました」とあります。

 〈注2〉渋井 清 監修『広重 東海道五十三次〈カード〉』
     (東西名画選セット@/永谷園本舗 発行)を参照しました。

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31.舞坂 32.荒井 33.白須賀 34.二川 35.吉田 36.御油 37.赤坂 38.藤川 39.岡崎 40.池鯉鮒
41.鳴海 42.宮 43.桑名 44.四日市 45.石薬師 46.庄野 47.亀山 48.関 49.阪之下 50.土山
51.水口 52.石部 53.草津 54.大津 55.京師 56.伏見 57.淀 58.枚方 59.守口 60.大坂

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